次の日、息苦しさで目を覚ました玲喜は視線を這わせた。
端正な顔立ちをした男が、横向きに寝ている玲喜を抱きしめて寝ている。重いと思ったのは追い出した筈のゼリゼの腕だった。 銀色の長い睫毛に覆われている綺麗な二重瞼が微かに揺れて、ゆっくりと上下して玲喜を捉える。 「何でまたオレん家にいるんだよ」 「寝れそうな場所がここしかなかったからだ」 「違う! どうやって家の中に入った? 鍵掛けてあっただろ……、お前まさか!」 自分で言っておきながら玲喜は息を呑んだ。 扉ごと壊して入ってきたのかと思い、ゼリゼの腕の中から抜け出すなり玲喜は玄関へ急いだが、鍵は掛かったままで壊れてもいなかった。安堵の吐息をつく。 「鍵くらい魔法でどうにでもなる」 大きく伸びをしたゼリゼが玲喜のところまで歩み寄る。 「魔法⁉︎」 「見てろ」 百聞よりも一見に如かず。 玲喜の目の前で、ゼリゼが右手の指先を動かす。すると、かかっていた鍵が外れる音がして触れてもいない扉が勝手に開いた。 「妨害魔法も張られていない扉等開けて下さいと言っているようなものだ」 どうだ見たか? とドヤ顔をしてくるゼリゼを見ていると頭に血が上ってくるのが分かった。 最後の一言がなければ「凄いな」くらいは言っていたかもしれない。 「堂々と不法侵入しといて威張るな!」 だがこれで昨夜に電気が点いてたり消えてたりしていた謎は解けた。全てはゼリゼの魔法だったのだ。 ——何だよそれ。すげえ便利。カッコいい! 内心ではそんな事を思っていたが、悔しかったので口にはしなかった。 「おい、食事はまだか? いい加減腹がへった。あとシャワーも浴びたい」 至極当然と言わんばかりにゼリゼがテーブルの前についている。 自分でやれよ、と言いたかったが一人分も二人分も大差ない。 玲喜は簡単に目玉焼きとベーコンを焼いて味噌汁とご飯をよそうとゼリゼの前に出した。 いただきますと手を合わせて箸を手にしたが、ゼリゼは不思議そうに箸を眺めている。 「もしかして……箸を見たのは初めてなのか?」 「これは、箸というのか」 角度を変えてじっくりと観察している所は何だか少し可愛く見えて、玲喜は表情を綻ばせる。 興味深そうにしているゼリゼに、取り出してきたナイフとフォークとスプーンを用意した。 「これなら使えるか?」 「むっ、俺もこの箸とやらを使いたい」 玲喜の見様見真似で扱おうとするも、中々上手くいかない。 玲喜が使い方をレクチャーしその通りにしてみても、テーブルの上に落ちて転がっていった。それを見て玲喜が吹き出す。 「笑うな。我が帝国ならば、不敬罪で牢獄行きにしてやるものを……」 「オレが訴えればゼリゼの方こそ住居侵入罪で前科持ちになるぞ?」 不服そうにそっぽ向いたゼリゼはどこか幼く見えて、玲喜は観察するように見つめた。 「ゼリゼって何歳なんだ?」 「生を受けて十九年目の生誕祭を少し前に終わらせた所だ」 「十九⁉︎」 まさか二つも年下だったとは思わず玲喜は目を剥いた。 やたら貫禄のある喋り方をするのもあり、年上のイメージがあったからだ。 「これは美味いな」 どうやら味噌汁が気に入ったらしい。 「味噌汁って言うんだよ。中身は豆腐とほうれん草」 「味噌汁……豆腐……ほうれん草」 おうむ返しにしながら、初めて口にしたのか目が輝いている。 どうやら思った事をそのまま口にする性格らしい。そう思ったら否定的にしか見れなかったゼリゼの事も、気にならなくなってきた。 「ぐっ……」 またしても箸が転がっていく。それを見ているとまた笑えてきた。 ゼリゼは箸を使うのを諦めたのか、ナイフとフォークを使い始めた。 「ゼリゼ、そろそろ風呂入るか?」 「風呂……、シャワーの事か?」 「そうだ。そうか、日本以外では風呂って言わないんだな」 食事が終わり少し腹を休ませてから、ゼリゼと風呂場へと向かった。 なんて事ないように服を脱いでいくゼリゼから視線を逸らす。玲喜は目のやり場に困っていた。 思わず触ってしまいたくなる程に鍛え抜かれて引き締まった筋肉がついていて、貧相な体の自分と比べてしまい落ち込んだ。 ——この体が十九? 嘘だろ。 服を着ている時には然程思わなかったが、くっきりと腹筋が割れている。着痩せするタイプらしい。 「シャンプーするぞ。目を閉じててくれ」 「ああ」 線の細くて綺麗な色合いの髪の毛が絡まないように、丁寧に洗っていく。頭を洗い終えた後に、ゼリゼの背中に泡のついたボディウォッシュタオルを滑らせた。 「手洗い場でシャワーを浴びるのは初めてだ」 「手洗い場じゃない。ここは風呂場って言うんだよ。バスルームとも言う。あと、そこにあるのは浴槽っていって、お湯を溜めて体を浸けるんだ」 「ここで? 俺の体の半分も入らんが?」 悪意のない眼差しと鏡越しに目が合う。 「そうだ。まあ、お前ははみ出すだろうな。てか、ゼリゼがデカ過ぎるんだよ」 ゼリゼの性格が何となく分かった玲喜は、もう噛みつくのはやめていた。 害意はないという事が分かったのは大きい。 庶民であるどこにでもいる平凡な自分と、かたや皇子とでは、今までの暮らし自体が違い過ぎたのだ。 いわゆる価値観の違いというもので、ゼリゼにはこちらを貶すつもりはない。 風呂場内の説明は終えたので、話題を変えた。ゼリゼが新しい仮の王として立ち、玲喜が皇后の座に収まると街中が喜んだ。 異論を唱える者など存在しなかった。一ヶ月後には遅れて行われる戴冠式、その前に玲喜の出産予定日が組まれている。 王位継承権の順番で言えば、次の王はマギルかジリルなのだが、二人揃って世継ぎが生まれるのを理由にして、ゼリゼに押し付けたというのもあるが。 その二人と新しい政治の話をしていたゼリゼは、執務室で憤慨していた。「ふざけるなよ、このクソ兄共! 暇なら貴様らが動けば良いだろう! 王直々の命令だ!」「んじゃ、玲喜ちょうだ~い。玲喜いるなら僕が代わりに王さまやって何でもしてあげるからさ~」「あ、それならおれも王さまやるぜ」「玲喜は俺だけのものだ。貴様らはもう死ね」 王族会議という名の兄弟喧嘩が勃発して、近くの山が消し飛んだ。 玲喜が過去にうっかり作ってしまった無人島の大陸もまた海に沈んだのだが、街の人たちも含めて、地響きを感じながら「またあの三人か……」と生温い目で見守っている。 その時の事を色々振り返り、ラルが笑みを浮かべた。 また二人の元へ向かい、ゼリゼに声をかける。「ゼリゼ様、玲喜様をベッドにお連れしましょうか?」「俺が連れていく」 玲喜を横抱きにしてゼリゼはラルと共に歩き出す。「結局世継ぎは双子だったんですか?」「いや……一人だ」「そうですか」 生まれるまであと僅かだ。 もしかしたら玲喜は、子が自分と同じ境遇になってしまうことを嘆くかもしれない。 だが、何も言いはしないが、玲喜はもう知っていてその上で受け止めているような気がゼリゼはしていた。 二人の会話で意識が浮上したのか、玲喜が目を開ける。「あれ……。ごめん、寝てた」「良い。寝ていろ。ベッドまで運ぶ」「平気だ、歩く。動いた方が良いと言われてるし」 ゼリゼに下ろして貰い、玲喜はすっかり重たくなってしまった足を動かす。 喉元が小さく動いた気がして、玲喜は手を当てた。 レジェはまたここで眠りについている。だけど、たまに動く気配をみている限りでは、もう邪悪な気配は感じなかった。 いつか兄弟として普通に話せる日が来るんじゃないかと思ってしまうが、あまり期待はしないようにしている。「なあ、ゼリゼ……ラル、もし生まれる子が、さ……」 どこか言い難そうに言葉を口にした玲喜の頭は、ゼリゼとラルに
「大丈夫だ。元気に暴れている」「……良かった」 ゼリゼの首に両腕を回して抱きつく。 今なら、セレナが言っていた〝アクアマリンのネックレスが導いてくれる〟と言った本当の意味が分かった気がする。それはきっとレジェを封じる事を指していたのだ。「……」 マギルは色々な意味で凹んでいて、皆と遅れながらも、無言のままマーレゼレゴス帝国へと帰って行こうとしている。 しょんぼりした後ろ姿を見て、玲喜は何だか悪い事をしたような気になった。「マギルごめんな……色んな意味で」 一応謝罪の言葉を口にする。「あー、良いよ玲喜なら」 マギルが後ろ手に手を振り、肩を落としたまま帰って行った。「少し歩くか?」「うん、ありがとうゼリゼ」 相変わらずの田舎具合だが、住み慣れていた空間は心地いい。「アタシは此処で待ってるからごゆっくり~」「分かった。一回りして戻るから」 リンにも手を振って、玲喜とゼリゼは久しぶりの日本の地に歩を進めた。「玲喜、くん? もしかして玲喜君なのか?」「交番のおじさん……」 もう既に定年退職していたが、近くに住んでいたのもあり、たまたま出会した。 玲喜とゼリゼを見て、そのままの姿なのに驚いたものの、元警官は喜んで泣き崩れた。 その時に、玲喜はその後の経過を知る。 日本では、玲喜は失踪扱いされており、交番にいた警官がゼリゼを覚えていたのもあって、二人とも事件に巻き込まれたのではときちんと捜査されていた。 しかし強盗や事件への関連性は薄く、いつしか神隠し扱いとなっていたようだ。そんないわく付きかもしれない場所を買い取る物好きはいない。家の売却の話は瞬く間になくなってしまったらしい。 当時の元警官にも手を振って、家に戻る。もう古くなって埃と泥のようなものに塗れていたが、玲喜は家中にあった喜一郎やセレナの荷物を魔法で綺麗にしてから宙に浮かせた。 引っ越しにも魔法は便利だった。そしてゼリゼと共にマーレゼレゴス帝国へと帰る。その日から、ゼリゼと玲喜も城の再建に取り掛かった。 復興作業から数ヶ月後。短い期間にもかかわらずに、もう殆どが形になっている。「ちょっとマギル、サボり過ぎじゃなーい?」 ジリルの声掛けにマギルが面倒臭そうにため息をついた。「はいはい。やればいいんだろ! ていうかあのバカップルも同じだろう!」「な~に言ってるの
5 マーレゼレゴス帝国には、いつからか持ち込まれた一冊の絵本が人気を博していた。 双子の少年たちの冒険譚である。 誰かが手書きで書いた絵本らしき異国語の読み物は、マーレゼレゴス帝国では珍しがられて、口伝で広まりその絵本を読むために老若男女問わず列を成して順番待ちをする有様だった。 日本語で書かれた読み物は皆が読めるように今では翻訳されている。その有様を知った新王が、その本を大量にコピーして、街中に無償で配った。 皆喜んで手にして読み、古くなった絵本を魔法で修復しては何度も人々を楽しませた。 もうそれは絵本ではなく、マーレゼレゴス帝国の歴史の教科書にさえなりそうな勢いだった。「~で、双子の少年たちと、皇子さまたちは街の人たちと城を再建させましたとさ」 噴水のある大広場にある木陰で読み聞かせをしていた少女が、絵本を読み終える。すると話を聞いていた男の子が少女に視線を上げた。 薄い水色がかったシルバーの髪色の男の子の首元には、小ぶりにしたアクアマリンのネックレスが光っている。 少女は、アレキサンドライト色をした瞳を持つ男の子に手を伸ばして、そのネックレスを撫で上げた。 大きな粒の中に赤い点が一つだけ深く深く沈みこんでいる。だがあまりにも儚くて消え入りそうだった。「ねえ、リンちゃん」「どうしたの?」 少女の癖っ毛の短い髪の毛が風で揺れる。「どうしてこのお話はここで終わってるの? 続きはー? 結局悪い人はどうしたの?」 ふふ、と笑みをこぼした少女……リンが男の子としっかりと目を合わせた。 リンの黄色の瞳が、チェシャ猫のように細められる。「王さまと皇后さまに聞いてみるといいよ」 すると男の子がムスッとした顔をした。「やだよ。父様も母様もさ、いーーーっつもイチャついてばっかりなんだもん! いつになったら倦怠期っていうやつ来るの? 夫婦ってやつには来るもんなんでしょ? 友達が言ってたよ。でも来ないんだもん。本当っーに嫌になる!」 そう言うと、リンは芝生の上を転げ回りながら大笑いした。「あはははは。仕方ないじゃないか。だってこれ王さまと皇后さまたちの昔のお話なんだから。たくさん苦労した分、平和になった今はイチャイチャくらいさせといてあげなさいよ」「ええええーーーっ!」 男の子が驚きの声を上げる。「なんだよそれ、これ父様と母様の
先程リンが想像した事態となっている。そこで玲喜はある事に気がついた。「なあ……ラルは? ラルもいた筈だろ?」 ゼリゼが痛々しそうに眉根を寄せる。それを見て玲喜は分かってしまった。「う、そ。嘘だ!」「ああ。それはそこの銀髪の皇子を庇って、真っ先に逝ったこの男の事か? お陰でそこの銀髪は殺し損ねた。そのアクアマリンの目を見ていると、不愉快で堪らないと言うに」 空に翳したレジェの左手が、時空の狭間から何かを掴んで引き摺り出す。見慣れた姿が変わり果てた状態となって床に転がされる。「ラル!」「邪魔ばかりするのでな、空気のない時空に閉じ込めておいた」「何してんだよっ、お前!」「うるさい。お喋りもそろそろ飽きた。お前らも目障りだ。全員纏めて消えろ」 ニンマリと嫌な笑みを浮かべる。 レジェの左手の中で、赤黒い炎が生まれて大きくなっていく。マグマが迸る火山火口にでもいるような気分だった。 特大級クラスの火属性魔法攻撃が来る。レターナとレジェ以外の体が硬直した。 ——熱い……っ。 体内の水分も血液も全て沸騰しそうなくらいの熱に、全員顔を顰める。玲喜の腕はゼリゼに掴まれて引き寄せられた。「玲喜、マギルのそのネックレスを引きちぎれるか? それはマギルの魔力制御装置だ」 耳打ちされた言葉に無言で応えるように、玲喜は首元にネックレスを引きちぎった。続いて、ジリルが己の耳に付けていたカフスを全て引き抜く。横でもゼリゼが指輪とネックレスを取り除いた。 途端に三人の魔力が増幅する。「その程度では無駄な足掻きだ」 含み笑いを漏らし、レジェが可笑しそうに肩を揺らして笑った。「玲喜、絵本を思い出せ」「絵本て……セレナの?」「そうだ。あれは絵本というより予知書に近い。セレナはいくつも布石を置いていた。王族の衣装、装飾品、ラルを日本に招いたのも恐らくはセレナだ。俺も布石の内の一つだったのかも知れない。絵本に書かれていたように、全力で浄化魔法と前にラルが教えた闇属性の攻撃魔法を打て。セレナを信じろ」 返事をする間も惜しむように、玲喜が呪文を言葉に乗せていく。 隣にいるゼリゼの言う通りに口にすると、白と緑の魔力が混ざりあう。 マギルの魔力も乗せられているようだ。その上にゼリゼの黒い魔法壁が展開されていき、ジリルの水魔法と全てが融合した。「あ、出遅れてしまいま
ジリルは薄目を開けて、しっかりと玲喜を見ている。「玲喜、来たら……ダメだ……」 ジリルの目の良さは霊体を捉える能力なのだと初めて知る。 以前に入れ替わっていたのを考えると、マギルもまた同じなのだろう。 玲喜は何も出来ない己が歯痒くて唇を噛み締める。 何とか魔力だけは使えないだろうかと試してみたが、肉体に入っていたように上手くはいかなかった。「……、逃げて」 ジリルの目が虚になり、やがて閉じていく。「いやだ! お前らを置いて逃げたくない! リン、何で? どうやったら魔力を使えるようになる⁉︎」 レジェの手から何とかゼリゼとジリルを解放させようと、リンが体を捻ってレジェの足を払うように仕掛ける。 動きは読まれていて簡単に避けられてしまった。「玲喜っ、おれの体に入れ! それならたぶんいける!」「入るって……」「ジリルとおれは昔っから妙な能力があるんだよ。前にやって見せたのもその力だ。ジリルは目、おれは肉体だ。普段はジリルとしか体の入れ替わりをしてないが、今はとにかく時間がない! おれの体の向きに合わせて……っ、自分の体を重ねてみろ。おれの体に入れる筈だ!」 マギルの言う通りにすると、体が吸い込まれるような気がした。 唐突に全身に酷い痛みが走り、顔を顰める。 どうしてこんな酷い状態でマギルが普通に会話出来ていたのか、玲喜には不思議なくらいだった。 背骨や肩甲骨は所々が砕けていて、大腿骨も折れているだろう。左肩も右手首も脱臼していそうだ。 魔力が体内に巡るのを感じて、玲喜が即座に二種の治癒魔法を施す。 マギルがこうなら、ゼリゼとジリルも似たような状態の筈だ。 玲喜は体が完治するなり、勢いよく立ち上がった。 視線の高さが普段と全く違う。動かし難い体を持ち上げて、玲喜はゼリゼとジリルに向けて防御壁を飛ばして、浮遊魔法と数種類の治癒魔法もかけた。「ごほっ、ごほ!」 咳き込みながら二人が床の位置で浮いている。見る間に傷が癒えていき、二人は目を開けた。「お前ら、もしかして巫覡《ふげき》みたいなものなのか⁉︎」 慌てたようにリンが叫んだ。 巫覡とはシャーマンや巫女のような存在で、その身に神や精霊を落として情報を視て知り又は他者に伝えることが出来る。「何それ。よく……っ、分からない~。皇后の血だとは言われたけど、僕たちは産みの親にな
口々に説明された現実を受け入れたわけでもなければ、理解したわけでもない。 それでも一人だけ此処にいてこの国や日本が壊れて行くのを見るのは、考えるだけで嫌な気持ちになった。 助けてくれた人がいた。こんな己でも必要だと言って、愛してくれた人がいた。家族になってくれた。一緒に食を共にして笑ってくれた人がいた。気にかけてくれた人がいた。 玲喜にもそれだけで充分だった。 淀み切った心がフワリと持ち上げられて、浄化された気になる。刀が刺さった喉元が、とても温かく感じた。 例え何もかもが上手く行かずに滅んでしまうとしても、最後までゼリゼの隣に居たかった。 ——オレの全てはゼリゼにあげた。「オレも行きたい。頼む、連れて行ってくれ」 小さく、しかし言葉はハッキリと玲喜から紡がれた。 真っ直ぐに顔を上げた玲喜が少女を正面から見据える。 曇りの無い瞳は憂いは帯びているが先程のような弱々しさはなく、迷いも見えなかった。そんな玲喜を見て、初めて少女が目を細めて優しく微笑んだ。「改めて、初めまして玲喜。アタシは猫又。リンと呼んで。セレナの残した希望はアタシが守りたい。これは役割とは別にあるアタシの意思。最後まで貫き通させて」「ありがとう、リン」 もう誰も失いたくない。 城の中の人たちも、ラルもアーミナも、マギルもジリルも、料理人たちも、セレナが親友と呼んだこの人も……。誰かが傷付くのは見たくない。 守るなんて強い言葉は言えない。大層な大義名分も掲げていない。 だけど、先程見た惨劇のような光景を見ているだけなのはごめんだった。 せめて、手の届く範囲の人くらいはどうにかしてやりたいと思った。 直接何かが出来なくても、手助けの補助くらいならやれるかもしれない。「リン、急ごう」「偉いね玲喜。セレナの孫だけある。強い子だ」「なあ、なんでセレナは負のエネルギーを生み出したんだ? オレにはそれだけがどうしても分からないんだ」 記憶の中のセレナも、周りから話を聞かされるセレナも、いつも穏やかで優しくて笑っている。玲喜からの問いに、リンが口を閉ざす。固い表情をしながら、再度口を開いた。「詳しい答えは聞かない方がいい。あの時のセレナの悲しみは、例え貴方でも理解出来ないと思うから。それくらい当時のセレナは、王と教会からの裏切りと絶望と痛みと耐え難い屈辱の中にずっとい